大台に・・・

多少の上下はあったものの、たいした副作用もなく 本日 移植後 1000日を迎えることができました。
 やっぱり 1000日という 数字を まじまじと見ると感慨深いものがあります。
 これも 治療に携わってくれた医師の方々や看護師スタッフ、そして励ましてくださった方々のおかげだと感謝しております。
 
 つぎは 寛解状態で2000日を迎えたいものです。

適当な言葉・・

適当な言葉と言うのは いざという時には 見つからない・・・
知り合いで、私とは種類が違うリンパ腫で治療闘病していた人が 再発らしき状態になっているのを 今日 知り・・・
こういう時というのは、なかなか適当な言葉がすぐに出てこなくて・・
 私は、再発を告げられたときには、膝から 崩れ落ちそうになって、一気に気持ちがなえてしまって・・・ それがあるから・・
 知人に 心情については 語りかけられなかった・・・
 再発となれば、初めてのとき以上の 気持ちとの戦いが待ってるから。。
 知人の復活を願うのみ。。

あれまあ・・・

と、懐かしそうにビックリした表情で、看護師さんが声を上げました。
 
 昨日、息子が勤め先のリフトに挟まれて、少し肉をそがれてしまって、その時 飛んだ肉を近くの総合病院へ持って行き、くっつけてもらった。その消毒に今朝、息子について、病院にいったところ、処置室にいた看護師さんに会ったら、ビックリされた。
 最初 発症して大学病院にいくまで、病棟で面倒を見てもらってた看護師さんだった。
 「でも、元気になってよかったねえ・・・」
 と息子 そっちのけで話してきた。
 なにしに 来たのやら・・
 帰り際 息子いわく
 「結構 いろんな人に世話になっとんだなあ・・とっつあんは!」
 と 人の顔見て、ニヤついた。
 忘れたころに、突然会って、当時の記憶がよみがえってくるのも、生きてる証拠かなあ・・と。
 
 

お遍路・・

そろそろ お遍路に出ようか・・と思うことがある。
先日も ひょっこり 高校時代の同級生が 夜更けに訪ねてきてくれた。
「こないだ からなあ、歩き遍路に 出とってなあ・・ いや、仕事が暇な時 ぬうてな、2,3日の予定で いっとんよ・・」
 「そういや・・、一寸痩せたんと違うか?」
「行くために、フィットネス行ってな、毎日 歩いとんや・・2.3キロ・・ これで 2回目や! 88箇所・・」
 「歩いてか?」
「歩くのは、はじめて・・池田まで ヨメにのせてってもろて、それから 電車で 一番のとこまで行って・・それから 歩き始めたんや・・」
 「最初はな、ここで泊まって こうして・・と計画していったんやけど、ほないには いかんわ・・ほんで 今じゃ 行き当たりばったりよ。。」
 「 お前も 行けや・・そろそろ・・」
 そうなんだよなあ・・退院したら 行くぞ! 心に決めてたんだけどなあ・・ いつの間にやら 気持ちがなえて・・
 「いろんな人きとるで・・遍路は やっぱり 歩きじゃ!」
 と 言って 帰っていった。
 彼も 両親をガンで亡くし、親類を白血病で亡くしてるから・・いろいろ 思う所もあるんだろう・・・
 私も、せっかく四国で生まれ 四国で育ち いずれ四国に骨をうずめるのだから・・・行かずばなるまいなあ・・
 と

ホスピタル・クラウン・・

昨日、古館のニュースステーションを見ていたら、ホスピタル・クラウン のことを やっていた。
 ホスピタル・クラウンというのは 道化師(ピエロ)に扮したボランティアが 病院にいる 小児患者などを訪問して 元気をあたえる活動している人のことだそうで・・ 

 昨夜の放送内容は 急性リンパ性白血病で治療している子供のところを 訪問している様子だった。
 お恥ずかしい話しながら この時初めて ホスピタルクラウンという言葉も知ったし、どういうボランティア活動をしてるのかも知らなかったから、見て驚いた。
 私なんかは、治療中 悶々とする日が続いて 気が滅入る日も多く、看護師さんと 馬鹿いって笑ったこともあったけど・・実際 憂鬱な日が続くのは 間違いなく、こうして道化役として 笑わせてくれたり 楽しませてくれるというのは、ひと時でも 笑顔で明るくなれるのは すばらしい ボランティアだなあ と感動しました。
 特に、子供を笑わせたり喜ばせたりするのは、大変なことだろうなあ・・と 精神的に強くないと笑顔なんかつくれないだろうなと感心しながら見てました。
 病室へ入っていって 笑わせるのは、並大抵ではないだろうなあ・・と・
 なかなか熟練した技と精神力がないとこういう ピエロ には なれないだろうから、ぜひ 活動を長く続けていってもらいたいと 思いました。。
 NPO法人 日本ホスピタル・クラウン協会 の ホームページはこちら
       http://www.hospital-clown.jp/