目薬・・

目薬がきれそうになったので、しょうことなしに、行きつけの病院の眼科に行く。
今日のように、くもり空の時にはマシなのだか、お日様の強烈なときにはまぶしくてしんどい・・・。
 今の担当の眼科医とは、相性が悪いのか話してもしっくり来ないので目薬だけもらって帰ってくる。
 こんなことでは、イカンのだけど・・相性というものがなあ・・・。
目は、この病院の前の女医さんによると、抗がん剤の長年の投与によるステロイド性白内障で、 水晶体の後ろにある後のうが濁る、後のうか白内障なんだそうだ。
 大学病院に転院したとき、既に、このステロイドによる白内障の進行が始まっていたらしく、直接私を診ていたもう一人の担当医は、元眼科医で・・・。
(面白いよね、患者からすれば・・一旦眼科医だったのが、再度内科医になるなんて、・・ 私の移植の時には、残念ながら南予の病院に転勤していた)
 そのことが、既にわかっていたのか、彼が私の目をだいぶ気にしてくれてたりしたんだけど・・。もうその時にはひどかったんだろうなあ。。
移植のとき、当時なりたての研修医が傍についててくれたんだけど、私が一番しんどかった時、ベットの上から覗き込みがちに私の目を見たとたん、少しのけぞったのを今でもかすかな記憶に残っている、まだ研修医になり立てだったから、思わず顔と言うか態度に出てしまったのだろう。。
 結局の所、最初発病して地元の病院で、脾臓や小腸の一部など摘出した後の、化学治療がきつかったんだろうなあ・・・ということかもしれない・・。
 かといって、それをやったからこそ、その効果があったかどうかは別にして、まがりなりにも、今生きてるわけで・・・。
 当然、その結果として、副作用とか弊害が出てくることもしょうがないとはいえるのだけど。。

お口あんぐり・・・・

 今日は、とてもじゃないほど暑い。
 茹だるような暑さなどと言うけど・・それを通り越してるよ、なあ・・・。
 その暑い中、火傷しそうな車に乗り込み、とある病院へ用事で行った。
 で、ふとその診療案内を見て、お口あんぐり・・・・。
 そそくさと用事をすませて帰ってきた。。
 そこには
 診療科の後の担当医の所に 『派遣医』
 と書かれていました・・・・
 

NHKのクローズアップ現代

がん基本対策法成立の裏側という番組を7時半から見てました。
悪性リンパ腫と戦う会の山崎さんがビデオ映像で出てましたし、患者としてこの対策法の成立に随分尽力された方々の活動が紹介されてました。
私などは、ホント四国のど田舎にいて、たいした活動もせず成立だけを喜んでいるような始末で、肩身が狭いのですが・・・・。
結局、ガンなんてものは所詮なってみないと、その恐怖と不安なんてなった本人しかわからないもので・・・この番組がそれを如実に語っているように、私には思えました。
 患者と医者の関係とか、医療体制と患者の関係なんてものは法律が成立したからと言って、劇的に改善されるようなものでもないだろうと思っています。なぜなら、患者は何時も『死』という恐怖と不安を抱えながら治療を受けているからです。所詮、患者は治療においては 「受身」 で 「能動態」である 医者とは根本的に 次元が違うと思うからです。
 はたして、患者は精神的に 全てを担当の医者にゆだねることができうるか? という問題。。。
今、思えば私の場合は、そういう意味では恵まれてたのかもしれない・・。
再発して、大学病院に送られて担当になった主治医に「もう治らない。治るとすれば、移植しかない。」と言われて、ほぼ移植までの一年間、たびたび意見の違うこともありましたが、ズーッと話して、私も踏ん切りがついて移植まで行った。地元の病院では、そこまで踏み込んで話したこともなかったし、かいつまんで色々話してくれることもなかったから、私にはそれが非常によかった。
 結局、自分の全てを賭けれる医者がいたいうのが良かったんだろうなと思う。移植して、もし結果が凶と出てたとしても・・。
 最初から移植までずーっと治療してくれた主治医は、その後半年ほどで 虎ノ門病院に転勤になりました。
 
 確かに、環境も大切だし、医療行政も医療レベルも大切だけど、自分にあった医者に出会えるかどうかがが、最大のポイントではないだろうか・・
 たとえ、結果がどうでようと・・・
 

昨夜・・

昨夜、何気なく阿川さんと爆笑問題のテレビを見ていたら、末期がんの患者さんが 闘病記を出版され、ご本人 藤田憲一さん 自身がテレビの取材に応じておられた。彼はIT会社の社長さんだそうで・・・全然知りませんでした。
 驚いたのは、私よりグーンと若い・・・・。のに、懸命に病気と闘っておられるのを見て、ジーンと胸にくるものがありました。
 
 小、中、高と一緒だった友達に、私のHPを見て
『自分の生き様をよくさらすなあ・・・・』
とよく言われますが、その度に、
『生への執着心を維持していくためには、俺にはこれぐらいしかないのよ・・』
 と、答えているのですが、彼もテレビの取材で
 「生への執着心を持つことが・・・」
という様なコメントをされており、闘病する気持ちの根底には、同じ思いしかないのだなあ・・と感じさせられました。
 現実には、私は無菌室を出て何とか再再発もせず(まだ2年しか経ってないですが・・・)現在に至ってますが、あの時 失敗して 余命を宣告されていたら・・・彼のように 前向きに闘っていけてただろうか?・・確かに、私も もう治らないといわれて闘病をスタートしたわけだけど、まだ一か八か生への選択肢が残されていたから・・・もし、生への賭けの選択肢がなかったら・・はたして、彼のように闘っていただろうか・・。
 私も、もっと強い生への執着心をもって闘って生きたい・・と気持ちを新たにしたのでした。
 彼には、闘って闘って 1日でも長く生きぬいて欲しいと願っています。
 藤田憲一さんのブログ
 http://blog.livedoor.jp/kenfujita/

眠たいなあ・・・

負ける・・と、大概の人は予想してたとは思うけど、サッカー ブラジル戦。
 負けると解ってても、つい見てしまうのは、国旗を背負っているからかなあ・・。朝早いのに、歳も忘れて眠い目をこすりながら見ていました。
 まあ、1点取れたから良いとは思うけど・・。
 それにしても、ワールドカップ なんで日本人監督じゃないのかなあ?
不思議に思うのは私だけ?。WBC 王さんだったよなあ・・。バレンタインじゃなかったよなあ・・。
 ただ単に素朴な疑問・・・