28日。
2月の最終日の日曜日、朝4時過ぎに目が覚めどうしようかと思い、表に出て空を見る。ぱらぱら降ってる。パソコンを立ち上げウェザーニュースを見る。大洲のピンポイント予想は、9時から先ずーっと快晴マーク・・・。
・・・行ってみるか・・3か月ぶりだし・・足慣らしに・・
迷った挙句、ウエザーニュースのピンポイント予想を信じて行く準備にかかる。去年足摺へ行った時これを信じて・・台風の大雨にあったんだけど・・・。まあれは、出発した次の日ではあったんだけど・・・。ちと不安。。
予讃線の始発特急で、前回の卯之町駅へ向かう。前回はここから逆打ちをしたのだが、今回は順打ちで内子までの予定。足慣らしとはいえ、ゆうに30キロは超える距離である。
伊予中山駅を通過したあたりから晴れ上がり、卯之町駅に着いた時には快晴で暖かい。絶好の歩き日日より。ただ始発に乗ってきたとはいえ着いたのは9時10分過ぎだから・・・内子まで行くには、結構きつい。
遍路道は卯之町の街の中を通っており、古い家並みの中を気持ちよく歩ける。町はずれの家の前でおばちゃんのお接待で飴をいただく。
「あんたらを見るとなあ・・お大師さんが歩いているように見えてなあ・・」
といって、まじまじと下から菅笠の中をのぞくので、顔が赤くなってしまった。
卯之町の街を突き切る遍路道は、国道56号線と平行に走っていて、横目でチラチラと見ながら歩けるので、道を確認する意味では安心感がある。そのうち遍路道は56号と合流して鳥坂峠へ。
鳥坂峠に差し掛かったのは昼前で、ここで どちらにしようか? と迷う。遍路道は鳥坂トンネルの真上を超える峠越えである。
いったん遍路道へ針路をとり歩き始めたんだけど、腕時計と目の前の山の高さを見て・・・こりゃあ・・・と、引き返して、国道を歩く。
・・・ちょっとなあ・・5キロも山道はなあ・・時間が時間だし・・5キロ、1時間というのは?間違いじゃないのか・・といいわけ。
注意書きがトンネルに入る前までに、いたるところに張ってある。
「歩道せまし!、歩行者に注意!」と。歩道がなくて、白線だけ。それも狭い。
鳥坂トンネル
歩道がなく白線だけ。その幅が狭い上、壁から流れ出る水と泥で所々ですべりやすく、とても歩きにくい。日曜日でもそこそこ車の通行量が多く、ダンプなど平気で横をすり抜けていくから、怖い怖い!。
平日は・・もっと通行量が多いだろうから・・
時間があれば、遍路道を歩くほうがいいかもなあ。鳥坂番所跡もあるというし・・・。
ただ案内板通り、25分で走破できたが・・・。
トンネルを通り抜けるとずっと下りで少し下ったところにパーキングがあり、その休憩所に国道事務所のアンケートノートがあり、その見開きには、「お遍路さんへ」と題して、トンネルの通行に関しての意見を募ってたから、このトンネルを通る歩き遍路はおおいのだろうなあ・・・実際のところは。
峠を下る道々には、犬のブリダーズをしているところが結構あるみたいで、歩いている私にワンワンと愛想を振りまく声がやかましいくらいに響くので、これだとイノシシが突如・・・なんてことはないだろうから・・多分安心だろう、ここは。
下りきるあたりで、高速道の大洲北ICの入口と道が重なりややこしく・・・迷って旧56号線に入ったみたいで、それでも少し低い峠を越えると
目の前が 大洲城でした。
肱川を渡り、一目散に十夜ヶ橋へ、向かう。ほぼ一直線だけど意外と距離があった。
十夜ヶ橋は、大洲icの入口道路があるところで見た目、燦然としている。
ここが、今回の歩きのお目当て、弘法大師が野宿した橋である。高速道路の橋の下に肘川の支流にかかる橋があるのだが、上の写真には高速道路の橋しか見えない。左にあるのが番外 永徳寺十夜ヶ橋大師堂である。
88か所をお遍路する時、金剛杖を持っていくのだが、橋を渡るとき杖をついてはいけないという決まりがある。これは、
弘法大師が行脚のおり、この辺りで日が暮れてしまい、泊まるところもなく空腹のまま小川に架けた土橋の下で野宿をされたのですが、一夜限りとはいえ夜明けまでの時間が十夜の長さに感じられ「行きなやむ 浮世の人を渡さずば 一夜も十夜の橋と思ほゆ」と詠ったことからこの橋を、十夜ヶ橋と呼ぶようになったそうです。
それで、お遍路さんは橋の上を通る時、お大師様を上から突かない、音を立てて眠りを妨げてはいけない、ということから、杖をつかないという決まりができたということで、私も最初お遍路をしだしたときには、よく注意されたので、どんなところなんだろうか?ずっと興味津津でしたが・・・時代とともにコンクリート橋の下に、横になったお大師様のレリーフが安置され・・あまりにきれいに整備されてたので意外な思いでした。