ゴールデンウィークにさしかかる前、かみさんに
「今度は、一気に足摺あたりまで行ってこようと思う」と宣言。意気揚々と29日に出かけるはずだったのだけど・・・
朝、例のごとく朝一の土讃線に乗るつもりが。朝寝して・・乗り遅れ、やむなく高速バスで高知へ。はりまや橋で長浜行きまで路線バス。
33番雪蹊寺の大師堂から歩き始める。
時11時過ぎ・・・「やっぱり、遅いよなあこの時間だと・・」と思いつつも34番種間寺を目指す。
歩きながら、ふと思ったんだけど
「このちょっと上、競馬場だよなあ・・。」と。
最近、トンとご無沙汰で・・
「あれ・・きたの何時だっけ?」と記憶をたどるも、定かに思い出せず。。
昔30年ぐらい前、港近くにあった競馬場へはよく来たなあ・・車飛ばして・・なんてことを思い出しながら、水路沿いの道を歩く。
種間寺は、今まで歩いてきたお寺から比べると珍しく平地の道路際に建っており、参道もなく
「へえ・・・」と少し気落ちする。
種間寺を出る頃には 1時近くになっており、あわてて今晩の宿探し。
お目当ての宿は、何度電話してもでず、仕方なく別の宿を予約して・・
35番清滝寺へ。
ほぼ水路沿いの道を歩き、仁淀川を渡る。
この高岡に入ると、やたら親切な人がいて、道々呼び止められ道を教えてくれる。確かに仁淀川を渡ると、大きなバイパス道路ができており道が判然としないのではあるが・・・さすがに、ミニバイクに乗ったおばさんに呼び止められたときには参った。
延々と
「私が、いつも行ってる道わな・・・・」と話するので、途中で腰を折るのも遍路修行のこちらとしては・・、と相槌を打ってたら15分あまりも引っ張られた。おばさんに丁寧にお礼をいい別れ、腕時計を見ると3時半を回っており、山道に不安を残す私としては大いに不安。
清滝寺の上りはプチ遍路ころがし・・で、閉口。
仁王門は、一般車道から一段下にあり、歩いてこなければ、先ずお目にかかれないというところにあり、これだけででも歩いてきた甲斐があったというもの。。
この仁王門から本堂の境内まで急段があり、ぜーぜーと息を切らせて上がったのを境内で文旦を売ってたおじさんが見て
「まあこっちきー・・」と側のベンチに手招きしてくれ一息つく。
「ああ・・しんどかった」と大息をついていると、文旦のお接待をしてくれながら、そのおじさんが
「あんた、そのぐらいでしんどがってたらいかんぜよ!きのうな、徳島から来たというワカイシな・・・あんた!お地蔵さん背おてなきなはった!びっくりしたで、あれには・・・リュックサックから頭出てなあ・・」と身振り手振りで話してくれた。私も見たかったなあ・・というと叔父さんは、ワカイシが置いていった納め札を見せてくれた。
お地蔵さん背おうて1番から周ってるんだとか・・私の足では 追いつくこともなかろうけど・・・
お参りをすませ、すこし見晴らしのよい景色をみて、店じまいをしていたおじさんにお礼を言い寺を降りる。もう5時である。
高岡の宿に入ったのは6時過ぎ。案の定私が一番遅かったようで・・。
►本日の歩いた距離 20キロぐらい。
この日同宿になったのは4人。
年は、一人ちょっと高齢のように見える人を除いて、私とほぼ同じ。
食事の時、いつも宿をどうしているかという話題になり、いろいろ聞くと皆やはり当日の午前中、自分の足の調子で決めるとのことで・・。
中の一人が、今日も道々一緒になった人たちに宿を聞けばビジネスホテルが多かったと、この古い旅館の部屋を見回しながら言うと
「私は、こういう風に一緒になった人の話を聞くのが好きで、相部屋も気にならないのですよ」と東京の人が言う。確かにいろいろな話を聞くのは面白いのだけど苦手な話になると、逃げ場がなくなるので・・良し悪し。
翌朝、朝一5時半ごろ出発した一人を除いて、食事をともにし、その中で私が一番に宿を出る。
高岡は水路が結構あり、再び水路沿いに歩き、途中から宇佐方面へ歩く。
塚地坂トンネル手前で遍路道へ入る。
この山道で同宿だった東京の人に追い越され・・・・、はたまたなんと昨夜の高齢の爺さんにも追い越される・・・。この頃から左足のかかとが痛み出す。坂道の石を踏みつけるたび痛い。。
上り道は苦手だけども、ここまで追い越されるとがっくり。。
厭だなあ上りは・・・。
塚地峠から宇佐漁港を左に見ながら、急坂を一気に下ったら、「安政地震の碑」に出くわした。
なんの変哲もない山を降りた田んぼの横に、歴史的地震の碑があるので、ちょい不思議。
「こんな山首にねえ・・・」と思わずつぶやいてしまった。
宇佐大橋を渡って、横波スカイラインへ・・このあたりから左足のかかとの痛みがひどくなる。橋を渡りきったところに遍路道の立て札があるものの、迷うことなく海岸沿いの舗装道路を歩く。一般的に舗装してないほうの道路が歩きやすいというけど、私の場合かかとがごつごつ感を拾うので、少しでもかかとが痛み出すと得てない。
朝青龍がその名を貰ったと言う青龍寺。前から一度は見てみたいと思ってたけど期待そぐわぬ、風情のある寺で・・。
36番青龍寺をでて、宇佐大橋を打もどり、横波の内湾沿いに須崎へ・・・・と思ったが、左足の痛みに負けあえなくリタイア。。
どうも、私の足は一泊二日用・・なのかもしれない・・。